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西のカナリア

「直ちに影響のないモノ」が降り注ぐ、宝石のように美しかった日本の自然と文化を保存するためのブログ。

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阪神淡路大震災直後 1995年1月17日5時46分

震災のことを書くのは楽しくはないのですが、
のちの日のために、記憶があるうちに書いておこうと思います。


震災が起こった日は、成人式・成人式の振り替え休日の2連休の翌朝でした。

その朝、異変を感じて目を覚ましました。
その時にはすでに揺れはおさまっていました。

部屋は真っ暗で、単に朝がきてないだけなのかと思いながら、
デジタル時計の時間を確かめようとしても、時計の明かりは見つかりませんでした。

何があったのかわからず、しばらくぼんやりしていると、
母屋の両親から内線電話があり、
地震が起こって、ここは危ないから母屋に来るように言われました。

そこで始めてこれが地震だったことを知りました。

当時私の部屋は古い木造の離れにあり、平屋だったから良かったようなものの、
2階建てだったらどうなっていたかわかりません。

暗闇の中手探りで部屋を出る時、
スリッパで何か床に落ちているものを踏みながら歩きました。

どうやら家具は倒れていないようで、無事に離れの外に出られました。

外はまだ暗く、夜明け前のかすかな薄明かりを頼りに母屋にたどり着きました。
母屋もとりあえずは無事だったようです。

電気と水道は止まり、石油ストーブは倒れると危険なため、
寒さに震えながら、日の出を待つしかありませんでした。

ラジオも情報が混乱していて、大きな地震があったことしかわかりませんでした。


わずかに残っている15年前の傷跡



書く方も読む方も楽ではないし、一気に書くと長くなるため、
続きは少しずつゆっくり書くことにします。

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  1. 2010/01/17(日) 08:34:37|
  2. 大震災と地球環境
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コメント

1 ■その時

東京にいました
学生でした

何だか揺れたみたいでぼんやりと目が覚め、寝直しました

はっきりと目が覚めたのは、朝のニュースで根こそぎ倒れた高速道路を見たから。


あれから15年
道路も街中もキレイになりました
人、はどうでしょう



復興を続ける街に人に、エールを送り続けます
  1. 2010/01/17(日) 20:41:58 |
  2. URL |
  3. ころね #79D/WHSg
  4. [ 編集 ]

2 ■Re:その時

>ころねさん

はじめまして!
コメントありがとうございます。

あの時、こちらでは電気が使えなくて、
ラジオだけが情報源でした。

それも、マンションが倒れている…らしいというようなニュースばかりで、
ニュースさえ信じられませんでした。

震災ではほとんど苦労してない私でも、
当時の映像や写真を見ただけで涙が出ます。

もっと大変だった人たちの中には、今でも苦しんでいる人がたくさんいます。

15年経っても、倒壊して廃屋のままの家もあります。

どうかこれからも見守って欲しいです。
  1. 2010/01/20(水) 14:07:24 |
  2. URL |
  3. †Elly†@里山暮らし貴愛☆ #79D/WHSg
  4. [ 編集 ]

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